決着の決塔 【パレード(3/3)】

生体人形は未来観測型人形よりも価値があり、売れば国が買えるほどの値段がする本物の至宝だった。つまるところ話していた面白いもの――〈月の残滓〉を手に入れたのだ。ありえないとされていた方の終了条件を達成。つまり、もう探索は終了だ。
 来た道を戻りながらバレッタは鏡夜へ解説する。
 
「くすくす、月へ行く方法がない今、〈月の残滓〉は最上の価値を持ちます」
「月に――行ってないんですか? 技術発達してるのに」
 
 塔が使用不可能になったとしても、空間転移がロストテクノロジーだとしても、ロケットを打ち上げるというチャレンジをしていないのだろうか。
 
「くすくす……なるほどなるほど。いえ、子供でも知っていることなのですが……。一言で表せます」
 
 バレッタは鏡夜に教え込むように優しく言った。
 
「天蓋で、この星は閉じている」
 
 鏡夜は上を見上げた。残念ながら見えるのはステージホールの天井だった。昨日とまるで変わらない。応急処置として未だ鉄板が張られており、砕け散ったシャンデリアの根元だけが寂しく残っている。歩いているうちにダンジョンを脱出したようだ。
 
「言葉通り、透明なガラスのようなもので、この星は包まれています。くすくす……天蓋から見える空と星は本当に向こう側にあるのでしょうか」
 
 バレッタの抒情的な口ぶり。それを小耳にはさんでいた薄浅葱は面白いものを見つけたように、ニンマリと大げさに表情を変える。
 
「んん、いいねぇ、バレッタくん、話せるね! 向こう側にきらめく本物の星と月があると保証するのは、過去の文献と日月の契国の名前と――そして、かぐやくんみたいな〈月の残滓〉だけ。……千年よりさらに前は月に行けたらしいからね。もしかしたら天蓋も契約の産物なのかもね」
 
 薄浅葱は、心底楽しそうに賢しらぶって、さらにテンション高く声をあげる。
 
「だがわかったよ。どうやら塔の中身は神々のように契約に喰われたわけではないらしい。かぐやくんしかり、探せばきっとあるね! 素晴らしい!」
 
 ステージホールに戻った薄浅葱は心底楽しそうに言った。鏡夜はやっぱり変な奴だなと思いつつ、神が喰われたとはなんぞや、と疑問を抱く。先ほどの大規模消失という言い回ししかり、ただ神がいる、というだけではないのかもしれない。
 薄浅葱はスカーレットへ宣言する。
 
「ソア! 統一化された契国の古典的知識を習得する必要がある! 殺害事件に化学捜査のノウハウが必要なように! こうしてはいられない! 資料に溺れないと! 付き合ってくれてありがとうね! また色々!」
 
 薄浅葱はテンション最高潮のまま、鏡夜たちに別れを告げ、速攻で立ち去って行った。
 やる気がないなりに決着の塔の付き合い方を見つけたようでなによりだ。そして薄浅葱のスタンスがダンジョン攻略でないのが素晴らしい。彼女についていけば、そういった攻略に関係ないが価値あるものを手に入れる探索ができるだろう。明け透けに言ってしまえば、寄り道だ。
 
「待て薄浅葱! ああ……共同攻略感謝する。また依頼を押し付けられるかもしれないが、広い心で受け取ってくれ。では、失礼する」
 
 スカーレットもまた挨拶もそこそこに立ち去る。後に残ったのは、いつのまにやら地面にいた烏羽だけだ。
 その烏羽は鏡夜の足元に這って寄ってくる。
 
「んむ。おぬしはあれだの」
「なんです?」
 
 低音の囁きに、鏡夜は屈んで耳を傾ける。烏羽は鏡夜にのみ聞こえる音量で言った。
 
「不運ではなく、幸運だ。しかし……幸運にこそ、呪われておるのぉ」
 
 鏡夜は口をへの字に曲げて言い返す。
 
「ふーん、まぁ今更ですよ」
「ああ、そうかい。くくっ」
 
 烏羽は揶揄するように呟くと、探偵コンビの後を追うように這って去って行った。二人の少女と一匹のスライムの去って行った方向を見ながら、鏡夜は心の中で憮然と思う。
 
(そう、本当に今更だ。呪われているなんて話は)
 
 ステージ中央で空っぽの客席を見ながら鏡夜は口を開いた。
 
「もっと奥に行ってもよかったんじゃないでしょーか」
 
 たしかにかぐやを所有してしまったことは緊急性の高い事故かもしれないが、塔の攻略という側面から見れば、遅々としたものだ。
 鏡夜にとっての目的、ダンジョンにおける傾向を知るとか、冒険のセオリーを知るとかはほとんど達成できていないのだから。
 けれど、仕方ない。面白そうな、という中断理由を果たしてしまった以上、薄浅葱はさくさくと撤退するのみだ。
 そりゃそうだ。やる気がないが賢いことはしたいという彼女にとって深入りする利点はない。
 華澄は不思議そうに後ろから鏡夜へ声をかけた。
 
「わたくし、よほどのことがない限り、影も形も捉えられないものに相対したりしませんの。だから、只今の冒険を、正しい表現をするのならば、慎重というものですわ。戦力増強にもなりましたし」
(そうか、かぐや……さんも戦力になるかもしれねぇのか!)
 
 閃いた顔をして、鏡夜はパーティメンバーのいる後方へ振り替える。しかも自分の代わりに全部やってくれるかもしれないバレッタ・パストリシアのような人形。期待大だ。
 鏡夜が聞きたいことを、華澄は誰よりも先に言葉にしてかぐやへ向けた。
 
「ところでかぐやさん、貴女は何ができますの?」
 
 かぐやはつーんと無視する。
 
「無視しないでくださいまし」
「私は肌から脳に至るまですべて我が君のものだから!」
「セクサロイドでもここまでこじれてるのは稀ですわよ……」
(今なんかとんでもねぇこと言わなかったか?)
 
 しかし、華澄とかぐやでは拒絶に満ちていて対話もなにもない。かつて華澄がバレッタに指示して鏡夜を案内するようにしてくれたように、鏡夜もそうすべきだろう。
 
「かぐやさん、答えてあげてください。というより、ほらぁ、私、塔の攻略のために頑張ってるわけでして」
「ふむふむ」
「だから、決着の塔攻略に必要な情報とか会話はフルオープンでいいですよ」
「私の性能、必要?」
「どうです?」
「必要、かな?」
「ならそうなんでしょうねえ」
「むー、わかった!」
 
 かぐやは先ほどとはうってかわり、自信満々に言った。
 
「まず、遺伝子を読み取り、胎内で攪拌し、気に入ったたくさんの女性のいいとこ取りした子供を創れるよ!」
「生命倫理もなにもあったもんじゃありませんね!?」
 
 鏡夜は吐き捨てた。デザインベイビー問題など、鏡夜に扱える問題ではない。早すぎる。いや、神代で日常的に行われていたというのなら、時代が違いすぎるとでも表現すべきか。というか塔の攻略にまるで関係がないように思えるのは鏡夜の気のせいだろうか。
 かぐやはほわほわと和やかに告げる。
 
「あと光でいろいろできるよ!」
 
 神代の生体人形は全身を一瞬だけ閃光のように光らせる。かぐやは語った。
 
「誰かこっちに来るね、女の人―、メガネかけてる。あ、肝臓の感じから見て割とお酒好きっぽいね。髪は後ろで一房に括っててー」
「おや! みなさんお揃いで」
 
 かぐやの説明通りの――酒好きは知らなかったが――染矢令美が来た。
 
「レーダー……?」
(バレッタさんの方が便利なのでは?)
 
 かぐやが聞いたら傷つくだろう感想を鏡夜は抱く。不思議そうにかぐやを見ている鏡夜一行へ、染矢はだしぬけに言った。
 
「装備とかアイテムとか大丈夫ですか?」
「はい。私は別に問題ありませんよ?」
 
 鏡夜は【装備不可】かつ【アイテム使用不可】なので問題にすらできないだけである。華澄は不機嫌そうに言った。
 
「わたくしが準備を怠るわけありませんの」
「わっかりました! 必要とあらば売店も併設しておりますので、ご利用くださいね!」
 
 と言って染矢は去って行った。
 
 神代のレーダー機能を持つかぐやは生体情報を読み取れるらしい。バレッタが追記するように淡々と言う。
 
「くすくす。彼女のことを知りたいというのなら、望郷教会(ノスタルジー・ノスタルジア)へ向かうべきだと具申いたします」
「ですの」
 
 華澄もバレッタに賛成する。鏡夜は聞きなれた言葉を奇妙に繋げた用語を不思議に感じる。
 
「ノスタルジー・ノスタルジア、ですか? ずいぶん追憶しますね」
「神ではなく神の御業を崇める不信心者の集まりですわ」
 
 華澄は望郷教会をそう評した。しかし具体的に望郷教会が何かわからない鏡夜にとっては、その恐らくはスマートな華澄の形容も理解できない。鏡夜は会話の流れが不自然にならないよう、探り探り望郷教会について詳しく聞き取ることにした。
 
「アルガグラム的には?」
 まずはこれ。華澄の嗜好を探るには、この問いが一番良い。
 
「憧憬と望郷は違うものですわ。確実に」
「なるほど」
(偏見入ってるな。しかも自覚した上で言ってやがる。性質が悪すぎる)
 
 しかも表現が曖昧だ。白百合華澄はシビアな性格をしているくせに、どうも言葉は詩的で耽美気味である。
 次は詳細だ、と鏡夜はバレッタへ質問する。
 
「バレッタさん、望郷教会ってどういう活動をしてるんですか?」
「くすくす……ノスタルジー・ノスタルジア……望郷教会は〈聖女〉を頂点とした合議制の組織であり、またいくらかの〈神〉を保護しております。契約以後、神は大部分が消失しましたが、ごく少数が残っています。神から〈祝福〉もしくは〈呪詛〉を得た望郷教会の聖職者・呪術者の派遣と活動支援が大きな収入源となっており。その資金で神代の発掘、研究を行っております。もちろん、冒険者も。なのでシスターや神父、巫女、陰陽師、ドルイド・呪術師・シャーマンなどとといった職業はポピュラーかつアクティブな職業です」
 
 たくさんの情報に苦悶の重さを感じつつ咀嚼する。
 要するに、〈祝福〉を扱う聖職者は、その技能を扱う技能職として冒険者活動や、加護を与える活動をしており……〈聖女〉はおおまかに言ってその元締めだと。神ではなく神の御業を崇める……ね。
 鏡夜は思いついた問いをそのまま口に出す。
 
「フリーの方とかいないんですか?」
「くすくす……望郷教会が保護している神以外は行方が知れません。またごくごく低確率で発生する、生まれながらに〈神〉の祝福・呪詛を持つ者も、他者に加護や呪いを施す能力は持ちません。……不語様がそうですね。彼女は生まれながらに呪われておりますが……その呪いは、当人のみが背負うものです」
 
 不語桃音は生まれながらに呪われているのか、と鏡夜は桃音へ視線をやる。相も変わらず桃音はぼーっとしていた。
 鏡夜はさらにバレッタへ質問しようとしたが、バレッタはその前に口を開いた。説明することに何よりも誠実である彼女にとって、まず言わなければならないことがあるらしい。
 
「くすくす……神代のことなら、望郷教会へ素直に聞いた方がよろしいでしょう。生体人形だけでなく、祝福や呪詛についても詳しいです」
「行きましょう」
 
 まずそこに行くべきだった呪われ系男子といえば、灰原鏡夜である。かぐやや加護についても知りたい。が、それ以上に呪いを解くことが鏡夜の第一目的なのだ。
 
 
 〈1000年1月2日 午後〉
 〈決着の塔攻略支援ドーム 教会〉
 
 ドーム内に教会がまるごと併設されているらしく、鏡夜たちは特に時間をかけることもなく来訪することができた。
 ステンドグラスから差し込む西日が優しく祭壇を照らしている。
 その祭壇の向こう側から、シスター服を着た小さな少女が桃音の前に跳び出してきた。
 桃音を見据えて開口一番言い放つ。
 
「貴女の妹、有口聖ただいま参上ォ!!」
 
 そして桃音の隣に立つ鏡夜へ視線を向ける。
 
「そして貴方が、姐様についた馬の骨だな――ぐふぇぇっ!」
 
 いきなりシスターを名乗った少女、有口聖は桃音に殴り飛ばされた。
 
「桃音さん!?」
 
 ちょっとばかし狂ったテンションの少女へする仕打ちにしては過激すぎる。鏡夜は心配するように桃音と有口を見比べた。
 当のぶっ飛んだ有口はぷるぷるしながらも祭壇を支えにして立ち上がり、叫ぶ。
 
「いくら姐様でもこれだけは認められねぇなぁ! そいつは駄目だッ!」
 
 鏡夜はえぇ……と内心ドン引きした。桃音が突然の凶行。さらに教会のシスターが認められないと啖呵を切る。スクープだったら完売御礼間違いなしである。
 次に言い返したのはお洒落十二単のかぐやだ。偏執的技術によって作られた、最高レベルの芸術的な顔を不愉快そうに歪ませチンピラじみた口調かつ上品な佇まいで絡む。
 
「とてつもなく底が知れなくて、腹の中が見えなくて、危険な佇まいが素敵な我が君の何が駄目なのよあぁん?」
(どんな風に見えてんの……!?)
 
 むしろ鏡夜の自己評価としては底が浅すぎると思っている。
 まぁ、わざわざ否定して自嘲してみせて己の評価を傷つけるのは舐められたら駄目という金言に反する。鏡夜は表情を取り繕ってやれやれと笑った。そして切り返すように有口へ聞く。
 
「じゃあ私が桃音さんと一緒に住むの認めてくれます?」
「いいぜ! ぐああああああジーザズクライスト!!!」
「いきなりなんですか!?」
 
 もしかして会話が通じないタイプの人外か何かか。見た目は一から十まで人間に見えるのに。有口はハイテンションを超えたスーパーハイテンションだった。
 有口聖がぶちかます狂気の勢いを説明してくれるのはご存知案内型ロボット、バレッタ・パストリシアだった。
 
「くすくす……〈望郷教会〉貝那区担当修道女 有口聖様ですね。不語桃音様が学生の頃、後輩だったようです。職員データの自己申告によると……〔超絶優秀なシスターである私の祝福条件は〈断らない〉。誰か呼んだかイエス・シスター。ひどいこと命令したら焼死するぜ!〕だ、そうです」
(いいのかそれ……! いいのかッ! それッ!)
 
 ジョークがききすぎていた。
 
「ていうか断れないんですか?」
 
 鏡夜が有口へ目をやる。当の有口は鏡夜に指を突きつけて言った。
 
「いいや、違うぜ魔人野郎。断〈れ〉ないんじゃない、断〈ら〉ないんだ。断ったら私の加護を与える力が消えてなくなるだけだ。呪詛と祝福の違いな! 覚えて帰れよ素人!!」
「祝福も祝福で難儀ですねー」
 
 断〈ら〉ないか、と鏡夜は脳内で繰り返す。呪詛が制限で縛り付けるものならば、祝福は制約をまっとうすることで力を得られるもの、という理解でいいだろう。
 というか魔人か。冒険者たちの一部が鏡夜を魔人と呼んでいた。何かそう呼ばれる由縁があるのだろうか。
 それも気になるが、まず何よりも聞くべき問いのために、鏡夜は口を開いた。
 
「ところで、私の解呪、できますか?」
 
 有口は、ふん、と鼻を鳴らして不愉快そうな顔をした。
 
「無理だね、神の呪いだ。残念ながら未だ我々は神代の領域に届いていない。聖女様だって無理だろうさ。神か神代の遺物じゃないと解くどころか、干渉もできない。――そして貴方は姐様よりも重症だ」
「そこをなんとか、こう、聖なる力で」
「無理だっつーの。つーかできたとしても呪詛を祝福のコンフリクトで機能不全に陥らせて解呪とか今どき誰もやらねぇわ。あぶなっかしくて」
 
 かぐやは興味を引かれたのか、有口の話に加わる。
 
「そうなの? 私のデータベースだとそっちの方が主流だったけど」
「そりゃ神代は戦争の時代だからな、敵にかけた呪いを敵自身が解くかよ」
「カルチャーショックねぇ。あるいは平和的移り変わり?」
 
 かぐやは有口の話に、ぽわぽわと感心したように頷いた。そして、熱心に聞く姿勢をとっている鏡夜へ有口は専門家らしく端的に告げた。
 
「聖職者と呪術師なら、祝福と呪詛の度合いは見ればわかる。そして、特級に呪われている人型を私たちはこう呼ぶ、〈魔人〉ってな」
「……なるほど」
 
 納得した。鏡夜を魔人?! と驚いた人たちは祝福と呪詛の技術に長ける技能の持ち主だったのだ。
 だが、そこまでか? と疑問も持つ。不語桃音は強靭で、最強で、アンタッチャブルとすら評される。強さが呪いによるものならば、彼女も魔人と呼ばれるべきなのでは。
 
「桃音さんは違うのですか?」
「ああ、ちげぇよ。姐様が抱えてる呪いは一個だけで――その呪いたった一個を最大限活用して強くなったんだ。であるなら姐様は魔人じゃなくて超人だ。一緒にすんなよチート野郎――ぐべぇっ!?」
 
 再び桃音に殴り飛ばされて吹っ飛ぶ有口。
 
「桃音さん、ひ弱な方に暴力はやめましょう」
 
 桃音は鏡夜にちらりと視線を向けて、拳を振りぬいた体勢から直立不動に戻る。。
 
(しかし、そうか、複数個呪われてんのか。確かに服を脱げない以外にも、【アイテム使用不可】とか【装備不可】とかゲームチックな制限がある)
 
 それも、弱点看破の紅眼から読み取ったものに過ぎない。鏡夜の身体の正確なところは、未だよくわからないというのが答えだった。
 
 鏡夜がアンニュイな気分に浸っている間。床に転がっている有口はポケットからポーションを取り出すと、一気飲みをした。そして、ズバッと立ち上がる。
 
「舐めんな! 姐様に出会った時から私は私だ!! 意味はわからんがたぶんいけなかったんだろう!」
 
 本当にテンション高いなこいつ、と鏡夜は呆れる。
 
「学習しましょう、早急に。過去から学びましょう。望郷教会なのに過去から学ばないのはいかがなものかと」
 
 華澄も追撃する。
 
「過去から学ぶことができるのなら、失敗だった神話への回帰なんて目指さないですわ」
 
 有口は、はん、と歯牙にもかけなかった。
 
「神話の幸福と隆盛は嘘じゃない。神話は脚色された歴史だ。そして過去にあったことならば戻れるはずなのさ」
「脚色がある時点で創作では」
「ですわね、どこまで信じれたものやら」
 
 華澄は鏡夜に同調した。ちなみに鏡夜自身は。
 
(そうか、神話がだいたい事実になるのか……えぐすぎて笑うぜ。笑えねぇ)
 
 と、異世界人なりの絶望を感じていた。日本神話しかりギリシャ神話しかりインドだか中国だか、とかく神話は倫理観も物事の因果もスケールがとんでもなかったり、ズレていたりするのは、鏡夜でも知っている。神話の遺物が冒険すれば見つかるほどあるというのだから、なかなかに突飛だ。
 有口はゆらゆら揺れつつビシッと華澄を指さした。
 
「それでいいのさ。アルガグラム」
「それがいけないのですわ。ノスタルジー・ノスタルジア」
 
 鏡夜はアルガグラムと望郷教会の関係も気になった。
 しかし服を脱ぐ、つまり呪詛のことやかぐやについて聞く以上に重要なことではなかった。どうやら彼女では鏡夜の呪いは解けないらしい。というわけで情報収集に切り替える。
 
「まぁまぁ、そうですね、なら祝福と呪詛の違いを聞いてもいいですか?」
「そうだなぁ、祝福はプラスアルファで、呪詛はトレードオフなんて言われるな」
「なるほどなるほど、確かに私もいろいろ奪われてます」
 
 付加と交換がイコール祝福と呪詛であると。つまり鏡夜は服を脱ぐという機能を異能と交換したというわけだ。代償が重いにも程がある。不等価交換だ。
 そして有口の聖職者の能力は、断るというアクションをすると外れる付加物だと。
 
 イメージとしてやっと祝福と呪詛について理解した。続いて有口に見せるのはかぐやである。鏡夜はこの大和撫子生体人形について有口に一通り経緯を伝えた。
 ほえー、と有口は感心したような感じでかぐやをじーっと見る。もごもごと口の中で喋ることを整理してから、有口は流れるように説明した。
 
「物語のヒロインを題材に生体人形を創ることが流行していた神代末期の作品だな。隆盛し続けて断絶したから。つまり、もっとも性能が高い生体人形の一体。しかも月の」
「そもそも生体人形ってなんですか?」
 
 根本的なところからだ。恐らくバレッタでも答えることのできる事柄だが、本職から聞いて損はないだろう。
 
「蛋白と琥珀と磁鉄の化合物。まぁ、機械人形とそう変わらないぜ。製造目的がある稼働する生体で出来ているカラクリさね。使われてる技術が未知ってだけでな」
 
 心底羨ましいと言った様子でかぐやを見つめる有口に鏡夜は聞いた。
 
「そこまでのものなのですか?」
「そりゃもう。至宝も至宝だぜ。有名なのは配達型生体人形あかずきん。あかずきんちゃんは寄り道と狼の恐ろしさを知ってもう二度と迂回をしないのです。ということで意味がわからないくらいの速度と回避によって必ずお使いを完遂する真っ赤な頭巾の配達員として今日もこの星を駆け巡ってる。彼女は誰の所有物でもない、ただの配達者だ。多数向けでそれなんだ。個人奉仕型のかぐや姫とはコンセプトが違う。それ故に――ああ、羨ましい。私も欲しいなぁ!」
 
 喋っているうちにテンションが上がったのが有口はまくしたてるようにそう締めくくった。
 
「かぐやさん個体に関しては?」
「本人に聞くかー、今説明した通り、物語が仕様に転用されるから、竹取物語を読んでみればいいんじゃない? そいつも面倒だったら格安で研究するぜ?」
 
 手を怪しくワキワキさせて研究させろとアピールする有口。なんだこいつ。鏡夜はかぐやを見る。ニコニコしている。嫌がる様子はない。ないが。今までの出来事を考えると、あまりいいことではないだろう。単純に、かぐやは矜持が高い。そういう仕様なのかもしれないが。
 
「うーん、今回はご縁がなかったということでー」
「そうかいそうかい」
(かぐや姫かー、触りとかあらすじは知ってるが詳しくは読んだことねぇな。異世界の媒体で読み込むしかないわけね)
 
 次に有口は華澄への方へぐいっと視線を向けた。
 
「――というわけで、いっちょ祝福していこうぜ、白百合の」
「はて。なんでわたくしに来ますの」
「祝福と呪詛は両立できない。同神話体系でもな。効果が似てるものもあるが、根本的な基底が違う。天使と悪魔のようにコンフリクト案件だ。んでもって姐様も魔人も不可能。機械人形はそもそも生き物じゃねぇ。生体人形は祝福も呪詛もできるって聞いてるがー、研究を断るってことは改造もしたくねぇんだろ? つまり貴女だけってわけだ」
「しませんけど」
「アルガグラムの阿漕な機械化よりも安いよ。機械化の施術は後戻りがきかない上に定期的なメンテ代もかかるからね」
 
 黙って成り行きを見守りながらもカジュアルに身体を改造する価値観に目がくらみそうな鏡夜。
 言い返すようにバレッタが反応する。
 
「くすくす、制約が少なく、性能も高い、ランニングコストは合理的に考えれば安いくらいです」
「アルガグラムの製品が自社製品を悪く言うわけないだろ! であるなら話半分が賢いぜ!」
(それをアルガグラム構成員に言うのはどうなんだ)
 
 華澄も鏡夜と同じことを思ったのか呆れた顔で言った。
 
「わたくしはいりませんわ。機械化も祝福も呪詛もする予定はありませんの」
 
 有口は忠告するように真面目な表情と声色で華澄に言い返す。
 
「あのさ、あんさん冒険者してんだろ、正気か? 無改造で冒険行くのなんてドラゴンでもしねぇぞ」
「それがわたくしに突っかかってきた理由ですわね」
 
 有口はフラフラ揺れながら、華澄へ真顔で言う。
 
「外部特別顧問殿は冒険者に転職なさったわけだしな」
「気持ちだけは受け取っておきますわ」
「闘志が折れない限り有効な炎の加護とか冒険者に超人気だぜ。かの〈英雄〉様だって使ってらぁ! 細胞に発火機構が追加されて、モンスター様も隣の奥様もボーボーよ! ……へぶぁ!?」
 
 桃音に三度殴り飛ばされたシスター。
 
「桃音さん」
 
 鏡夜の呼びかけに、桃音は無表情で襟を正すと、教会の入り口まで下がった。
 有口はまたもやポーションをがぶ飲みして再び立ち上がる。
 
「ありがとう――なんていうと思ったか馬の骨が!!」
 
 三度目になればもう慣れる。鏡夜はスルーして聞きたいことを問い返す。どうせ有口聖は断らない。
 
「はいはい、闘志が制限になるってなんですか?」
「わからん! ただ闘志をエネルギーにしている以上、闘志とか想いとかあるいは私の頼みごとを断らないスタンスとかに、生体としての形があると予測が立つ! 未だ我々があるとすら理解できない精神というパワー! 解析すれば夢エネルギーだぜ! 姐様とか二十四時間三百六十五日 フルスロットル全力行動できるんだぜ! すごすぎる!」
「全力ッ……!?」
 
 なぜか華澄が驚愕する。
 
「なるほど、そうですの。……そりゃ強いですわ」
「……?」
 
 鏡夜は不思議そうな顔をする。そして有口は段差の上に昇ると、鏡夜たちを見下ろして感情的かつ実務的な口調で言葉を並べ立てた。
 
「ま、気が向いたらいつでも来なよ、祝福と治癒なら当教会へってなぁ! あ、姐様はいつでもきていいからな! 姐様が一人で来てくれれば独り占め―できるけど!! そうそう、魔人野郎」
「ん? なんです?」
「もし、呪いのことを詳しく知りたいってなら、魔王に会った方がいいぜ。望郷教会はどうしても祝福に寄ってるからな! 魔王様とは魔族の中で最強であり、そして最高の呪術師なんだからさ。餅は餅屋だぜ。加護は加護師に呪詛は呪術師に頼んだ方がよっぽどいい。少なくとも私よりかは明らかにしてくれるだろうよ! あ、あとだなぁ! 姐様についても聞いてこい! 呪いを解けるかどうか私が聞きた―――ごふぅ!?」
 
 後ろから丸い石が跳んできて有口にクリーンヒットする。明らかにダンジョン〈荒野〉に転がっていた石だった。どうやら桃音は拾ってきていたらしい。
 
(逆にありがたいなこいつ……言ってることが間違ってる、で桃音さんが言いたいことがわかる……)
 
 攻撃を見るに、どうも桃音は呪いを解きたいわけではないらしい。最高に助かる情報だ。あと罪悪感も刺激されない。彼女は自身の呪いよりも鏡夜を優先するだろうから、もしかしたら本当は解きたいのに譲っている、などという悲しい展開がなくて嬉しい限りだ。
 
「ありがとうございます。有口さん。貴女は、優しいですね」
「うるせー! お礼よりも姐様から離れろよ!」
「はは。たとえ話なのですが――私と桃音さんが結婚するとなったら祝福してください」
「いいぜ! ああああああクソガアアアアアア!!!」
 
 鏡夜は含み笑いをしながら立ち去った。まぁここまで揚げ足をとれば舐められることはないだろう。ちょっと本心から楽しんでしまった気もするが、きっと気のせいだ。
 さっさと呪いを解いて服を脱ぎたいのはやまやまではある。そんな鏡夜の想いに反して呪いによって齎された異能がなければ決着の塔は攻略できないわけで。そもそも呪いの恩恵がなければ、言語すらも通じない。
 甘い願いだ。まだまだ灰原鏡夜は、全身を束縛する呪いに付き合う必要がある。
 現在進行形で周囲の仲間からも他人からも社会からも、爆速で呪いを背負いつづけながら、彼は走り続けるしかないのだ。
 そう、例えば戯れに発した例え話で桃音の顔が赤くなってることも、華澄の表情が冷たくなっていることも、それに鏡夜がまったく気づいていないのも、呪いの一つに過ぎない。
 
 
 
 かぐやのことをある程度(知りたければ本人に聞くか竹取物語に聞け)知ったので、再びダンジョンへ挑戦することにした。何度も行き来したステージホールを抜けて〈荒野〉へ訪れる。
 生体光学機器であるかぐやがいるのならば遠くでも測定できるので、久竜晴水一行が全滅した方向を、慎重に慎重に進んでいくことにした。
 
 ぺかぺか一定期間光っていたかぐやは、ついに何かをとらえたようで立ち止まる。
 
「見えーる見えーる、大きな扉と大きなライオンが見えるよ!」
「くすくす、距離はどれほどですか……」
「六キロ!」
「くすくす、徒歩推定一時間半から一時間半かかりますね」
 
 かぐやとバレッタの人形同士の報告を耳にして鏡夜は華澄へ言った。
 
「華澄さん、車とかバイクとかってありなんですかね」
「流石灰原さん、いいところに目をつけておりますの」
 
 そう言って華澄はバレッタをつっつくと、バレッタはドスン、と土埃を上げて軽装甲車を目の前に取り出した。
 
「答えは未規定。つまりは“あり”ということですの」
 
 質量保存の法則を完全に無視したような軽装甲車に目をやりながら、鏡夜は淡々と言った。いちいち驚くのも疲れる。
 
「持ってんの武器だけじゃないんですね」
「活動に必要だと想定できるものは一通り準備してありますの」
「薄浅葱さんに見せなかったのは」
「優位を保つためですわ」
 
 きな臭いだのなんだの周囲を酷評しているが、一番悪辣なのは白百合華澄なのでは、と感じる鏡夜だった。
 しかし、乗せてくれるというのなら是非もない。良い機会があるのならば便乗する鏡夜はさっそく軽装甲車の後ろに乗り込んだ。両隣に桃音と華澄が座り、前方助手席にかぐやが、運転席にはバレッタが乗った。
 
「あ、運転するのはバレッタさんなんですね」
 
 軽装甲車が発車する。悪路に強い車だ。すぐに着くことだろう。
 
「くすくす、真っ直ぐ言って襲われますか?」
 
 バレッタの問いにかぐやはぺかーっと長く光った後、鈴のような声で応えた。
 
「んにー、大丈夫じゃない? たぶんライオンより貴女の方がレンズの性能がいいでしょ。ざっとチェックした感じ、ライオンはそこまで改造されているようには見えない。最悪この車で逃げれると思うし。んあ? 今光の中に変なのが―――ないや? なんだろ」
「なかなか気になること言いますねかぐやさん」
 
 神代の傑作……らしい彼女。人間のように曖昧で適当なことは言わないだろう。しかし、変なのと言われても困る。
 なにせ〈変なの〉など、鏡夜は目に映るものすべてがそうなのだから。
 
 十分もかかることなく、軽装甲車は止まった。鏡夜は後部座席から前方を見る。
 ひとつの大きな扉が地平線上にあった。そして、運転席のバレッタは目のレンズを最大限振り絞り、ギリギリのラインから過去起こった戦いを観測する。
 そして彼女はそこで起こった遭遇戦を、謳いあげた。
 
 ★★★★★★
 
 〈英雄〉久竜晴水一行の戦いと全滅をバレッタが謳いあげての感想は―――。
 
「弱いですわね」
「え?」
「え?」
 
 弱いと評した華澄に鏡夜は驚く。しばらく沈黙した後、華澄が先に口を開く。
 
「バレッタ、客観的に戦術を評価して一言」
「落第かと」
「英雄さんは猪突猛進で、リコリスさんは残弾の管理すらできず、ケールさんは口ばっかりで、蜜柑さんは他人事で、サイシンさんは英雄さんしか見ていない――という理解で?」
「あってるかと」
「アマチュアですの?」
「辛辣!!」
 
 上品なロマンチストにあるまじき暴言を受け、鏡夜は驚愕した。
 
「ああ、失礼しましたわ。いえ、冒険者の噂通りだったので、つい」
「噂ですか? ゴミとかチリとかですか?」
「ありましたが、そうではなく」
(あったのか)
 
 引き継ぐようにバレッタが言った。
 
「くすくす。あとは〈口だけ野郎〉、〈姉のおこぼれ〉、〈ビックマウス〉、〈弱い英雄様〉などなどでしょうか」
「やだ……ひどい……」
 
 割と出くわした時は普通だったのに。舐められた者の末路に戦々恐々とする鏡夜。少し優しくしよう、とちょっと思いつつ。自分は舐められないようにしよう、という決意を新たにする。
 華澄は、ふむ、と改めて分析する。
 
「わたくしの経験が語るところによれば、おかしいですわね。絶対に」
「なにがですかー?」
「ジョークがないんですの」
「は? ……えーと、バレッタさん」
 
 華澄は時々シビアな態度に反して曖昧なことを言う。鏡夜はバレッタに素直に聞くことにした。
 
「くすくす、解説不能ですね……あえて言うのでれば、我が主の、勘かと」
「なるほど」
 
 常に詩的でありながらも具体的な解説をするバレッタが勘と断じるということは、華澄は本当に勘で言っているのだろう。
 華澄は自分で言っているにもかかわらず、困ったように語る。
 
「塔の仕組みしかり、〈契約〉しかり、洒落ているというか、遊び心があるというか。千年前でもわかる悪戯心というか。それを考慮すると、ゆるいモンスターで油断させておいてボスでトラウマになるほどの初見殺しをする。……なんてことするわけないんですの」
 
 たしかに感覚的に過ぎる言い回しだった。鏡夜は静かに言い返す。
 
「そうなんですか? でも死なないルールがあるんですよね? なら死なないのだから容赦なく理解不能アタックをする、というのもあると思うんですよ」
 
 ゲーム脳と謗られても文句は言えないが、初見殺し山盛りゲームというものはたしかに鏡夜がいた世界でもあった。一定の需要があり、少なくない数があったのだ。
 
「にしても理不尽というか。こう、四大天使やら七大罪のような、一つの神話体系における戦局級兵器ならまだしも、雑魚ばかりだった荒野に、あの強さは不釣り合いですの――端的に言って、美しくない。もし死なないダンジョンに初見殺しを盛り付けるなら、はじめからおわりまで仕込むべきなんです」
 
 きっと彼女の中では何かが足りていないだろう。きな臭さという直感で、初めて出会った魔人と超人と組むくらいには思い切りがいい彼女の強烈な〈そぐわない〉という感覚。残念ながら鏡夜はその感覚に共感することはできなかったが一考の価値はある。
 考え込む鏡夜へ四対の瞳が……正確には二対の眼を持つ二人の少女と二対の観測装置を持つ二体の少女の視線が向けられる。
 なぜか鏡夜がどうするかを決める流れであるらしい。
 
 ……なぜかというのも妙な話だ。主導権、リーダーシップ、そういうものを握るために、鏡夜はひたすら意地と虚勢を張ったのだから、当然の帰結ではある。
 本当に、柄ではない。
 
「わかりました、信じましょう。もうちょっと調べますか」
「ですの」
 
 華澄は手から三つの双眼鏡を出すと、二つを鏡夜と桃音に渡した。
 
「華澄さん、そのアイテム取り出しってどういう仕組みなんですか?」
「機密ですわ」
「そこをなんとか」
「乙女の秘密ですのよ」
「そりゃしょうがないですねー」
「ふふ、どうして機密より秘密の方が重いんですの……」
 
 とぼけたやりとりを挟みつつ、華澄は望遠鏡を覗きながら言う。
 
「バレッタ、安全確保」
「くすくす、了解です……」
 
 鏡夜も便乗してかぐやへ指示をする
 
「あ、かぐやさんもお手伝いしてあげてください」
「あいあいさー、我が君!」
 
 鏡夜の見てる前でバレッタは長物の銃で一体のモンスターを吹き飛ばし―――かぐやは人差し指から極太のレーザービームを照射し、空から降ってきたストーンゴーレムを蒸発させた。
 
「そんなことできるんですか!?」
「え? 何? なんですの?」
 
 華澄は望遠鏡を外してかぐやを見る。彼女の指先からは未だに光線が発射され続けており、さらに近づいてきた蜥蜴型モンスターがその光に飲み込まれて蒸発する。
 
「……光学兵器ですの?」
「光でいろいろできるって言ったでしょ?」
 
 褒めて褒めてと言わんばかりに鏡夜へ熱視線を向けるかぐや。
 
「は、はは……頼りになりますね! ホント!」
(かぐや姫ってこんなゴジラみてぇな話だったっけ?)
 
 まぁ、これなら三人とも望遠鏡を覗いても安全だろうと、鏡夜、桃音、華澄は並んで次の階層への扉とボスモンスターを観察する。
 華澄は鷹揚と寝そべるライオンがいるあたりの地形を確認する。道中と同じただの荒野だが、特徴的な部分がある。
 
「んー、地面がぐちゃぐちゃですわねぇ」
「そういえばそうですね。戦闘跡でしょうか」
 
 激戦という名の虐殺が行われたのだ。地面がひっくり返されていても不思議ではない。
 
「“地面に穴がひとりでに空いて“……ふむ、バレッタ、そこを中心にして、もっと謳ってくださいまし」
 
 バレッタが先ほど締めに語った言葉を諳んじてから、華澄は命じた。
 
「くすくす……」
 
 バレッタは長物の狙撃銃を消すと、礼儀正しい淑女のように立ち、大獅子がいる方向を見つめる。
 
「身体に、穴が空く直前、地面にも同じ形の穴が空いてますね……」
「え? どれどれ……なるほど、四角形の穴が」
 
 鏡夜が双眼鏡で目を凝らせば、地面に四角形の穴がボコボコと開いているようにも見えた。穴を探そうと思わなければ、ただの荒れた大地としか思わなかっただろう。
 
「四角形?」
 
 華澄もまた双眼鏡でライオンの周りの地面を探ると、確かに辺の長さが違う四角形型の穴が地面に空いていた。
 
「“予兆”ですの?」
「ということは、あれを察知すれば勝てるのでは?」
 
 傍の地面に穴が空いてから身体に攻撃されるのならば、それを見て取ってから良ければ戦えるのではないだろうか。鏡夜の考えにバレッタは即座に答えた。
 
「くすくす……地面に穴が空き、平均……一・八秒後に身体へ穴があきますね……」
「音はどうですか?」
「無音ですね……」
「……んー、人間の感知能力だと察知は難しいですわねぇ」
 
 華澄は豪奢な金髪を指先でいじりながら双眼鏡を覗いている。攻撃される前に予兆がある。しかし、それが地面に音もなく穴が空くことでは、感知するのは難しい。
 とりあえず、ボスについて収集できた情報はこれが全てだった。
 
 かぐやがレーザービームで大暴れしてモンスター退治しているのを大人しくさせて鏡夜たち一行は軽装甲車に戻る。
 まだ体力や時間に余裕がある。
 なので、大獅子に対する対策の足しになるようなものがないかと、ぐるっと〈荒野〉を回るように巡る。もちろん大獅子に近づかないように、だが。
 鏡夜とかぐやは軽装甲車の屋根の上に乗って周囲を眺めていた。
 かぐやは周囲をレーダーで捉え、遠距離のモンスターをレーザーで始末していく。他の、近くにいきなり現れるタイプのモンスターは鏡夜が作り出した鏡の投げナイフの犠牲になっていく。
 弱点が丸見えなのだ。そこに向かって投げるだけでいい。本当に、生命体特化の能力だ。『カーテンコール』の弱点を見抜けたのも、純機械ではなく生体部品を使用していたからだろう。完全な無機物相手だと、ここまで無双できない。
 ……状態異常付与能力の条件はは言わない方がいいだろう。〈Q‐z〉のみならず、誰が相手だろうと弱点とまでは言えない特徴だ。しかし、完全にメタを張られて純機械の物量で攻められたら嫌だ。攻めてくるあては〈Q‐z〉しかないけれど、その〈Q‐z〉が純機械殺人ロボットを向けてくる可能性はゼロではない。
 計算じみたことを鏡夜がつらつらと考えて手遊びしていたナイフを投げたと同時、かぐやが大きな声で言った。
 
「行き止まり―! 三! 二! 一!」
 
 合わせてキキ―ッ、とバレッタは軽装甲車にブレーキをかけた。鏡夜は屋根の上で片足に重心を込めて、踏ん張った。
 まだ地平線が続いているように見える。と鏡夜はボンネットに移動して、腕を伸ばすと、ペタッと風景に阻まれる。絵だ。
 此処から先どこまでも続いてるように描かれているただの絵。そりゃそうだ。荒野は塔の中にある。どこまでも続くわけがない。
 鏡夜はぼんやりと言った。
 
「絵の空に、絵の地平。殺風景な絵空事ばかりですねぇ」
「嫌いなの?」
「絵空事ならもう少し夢が欲しいでしょう?」
 
 かぐやの問いに答えるような、鏡夜の皮肉げな言い回しに意味はない。ただの意地と虚勢の結実だ。
 鏡夜はこんこんと絵空事の壁を叩いた。
 ふと、鏡夜の脳内に閃きが走る。ピタっと動きを止めて、鏡夜はとぼけたように言った。
 
「あっ、思いついちゃいました」
(攻撃に“予兆”があるのなら―――。地面に――穴が空くのなら)
 
 
 鏡夜は車の上から逆さまになるように中を覗きこみ、自分のアイデアを桃音たちへ話した。
 一番に反応したのは協力者である華澄だった。
 
「それは――いいんですの?」
「ええ、仕方ありません、適任は私だけでしょう」
 
 鏡夜たちのパーティだけでボスを攻略するとなれば、これが最速の方法となるだろう。
 本当はすごく嫌だが、背に腹は代えられない鏡夜である。
 
「では――灰原さんが先行して、囮になっていただくということで、どうですか?」
 
 なぜか華澄は桃音にうかがうように聞いた。なぜそちらに。
 桃音は座席に座りながら目を閉じてコップから水をこくこくと飲んでいた。コップを置いて、目を開いて隣に座る華澄を憮然とした顔で見返す。
 
「……これは、攻撃してこないから良い、ということですのよね?」
「おお、わかってきましたねぇ、華澄さん」
「くすくす……」
「かなり、独特なコミュニケーションねぇ」
 
 とかぐやが言った。鏡夜からすれば、独特な文化の真っただ中にいるようなものなので、そこまで異質は感じない。感じる余裕すらないとも言えるが。
 
 
 
 軽装甲車でボスのところへ再び向かう鏡夜一行。かなり近づいてもライオン……大獅子は襲ってこない。
 鏡夜は軽装甲車から降りて、スタスタとボスの元へと行く。
 
 鏡夜は大獅子の前に立った。猛獣の中の猛獣が鏡夜を獲物と見定めている。
 
(死、ぬ……!)
 
 怖さが尋常ではなかった。盾があるかないかでここまで違うのか、と冷や汗を垂らしつつ、意地を張って微笑む。囮なのだから、できる限り無防備を装う必要がある。
 
 鏡夜は颯爽と、大獅子の前に立った。獣の息遣い。大獅子が伏せる。
 
「……」
 
 その大獅子が無言の鏡夜に飛び掛かった瞬間、鏡夜の背後からカツンッ――と音がした。
 
(近い――!)
 
 鏡夜は全力で伏せた。頭の上でスォッ……と風を切る音がする。今、自分の心臓があった場所を、背後から貫かれた。その体勢のまま、全力で前方へと鏡夜は跳ねる。飛び掛かった大獅子の下を通り抜けて危機を脱する。
 
 なぜ“予兆”に音がしたか。トリックは簡単だ。柔らかい荒野の地面に穴が空くのならば、地面を補強すればいい。
 鏡夜はそのために、地面一面へ《鏡現》を敷き詰めたのだ。
 鏡の面に向かった攻撃は全て弾かれる。決して割れない鏡は、硬い硬い地面になる。
 
 音から気配、攻撃、全てがあらわになる。第一階層、無理難題の正体。
 鏡夜は自分自身で感じ、確信する。
 
 見えないが、いる。
 
 カツッ、と音がした。何かが跳んだ。
 
「どっちに跳んだんですかァッ!」
 
 鏡夜は地面に使っていた一枚を消して盾として構える。空気を切る音が遠ざかる。一旦引いたようだ。
 
「――かぐやさん!」
 
 鏡夜の傍から強烈な光。光を屈折させて姿を完全に隠していたかぐやは、鏡夜の呼びかけに全身を発光させた。
 光に関することはだいたいできる。それが月読社製女官型生体人形かぐやである。鏡夜一人だけで先行するとか、そんな異能に胡坐をかいたごり押し、臆病な鏡夜ができるわけがない。かぐやを拾ったのは、鏡夜の幸運だった。
 光を操る生体人形かぐやにとって、光学迷彩による隠密は簡単なのだ。
 
 ……それは、彼にとっても同じだった。かぐやの光は、彼を浮かび上がらせる。振り返った大獅子の向こう側に、人型の影。
 
 Question〝parade〟の刻印が、空間に歪んで見えた。
 
「―――〈Q-z〉のロボット!」
 
 鏡夜はそう叫び、襲い掛かってきた大獅子の顔面を蹴り飛ばした。大獅子は砂ぼこりをあげながら吹っ飛ぶ。
 
 ……大獅子は明らかにカーテンコールより、数段弱い。道中の雑魚モンスターの強化版でしかない。
 しかし、透明無音の殺人機械、クエスチョン『パレード』との連携となると話が変わる。大きくて俊敏なモンスターへ沿うように無音の必殺が意識の外から飛んでくるのだ。あまりにも殺意が高すぎる。これが華澄の違和感の正体だ。
 鏡夜は起き上がって襲い掛かってきた大獅子を横ステップで避け――カツンッ、と鏡の床から音がした後、顔面まで迫ってきた透明な突起を伏せることで避けた。
 が、――脱げない帽子に突起物が突っかかり、首を後方へ持っていかれながら吹っ飛ぶ。
 
(死ぬ死ぬ死ぬ――死なないけど、痛いぃいいい!!)
 
 地面に背中から落ちたら大獅子に喰われた上で穴だらけにされることが用意に想像できる。
 鏡夜は手に持っていた盾、地面に敷いたままだった鏡を全部消すと、地面に落ちた自分を《鏡現》の六面体で閉鎖した。
 これでもう外部から攻撃はできない。なにせ鏡夜を囲った鏡は全て――外側を向いているのだから。
 
「いぎぎぎぎぎぎ」
 
 六面鏡の中で、鏡夜はむち打ちにのたうち回る。
 しばらくして、自然治癒能力のおかげか痛みが治まる。恐る恐る首を動かして、完治を確認する鏡夜。
 痛みが完全になくなったことがわかり、ほっと一息吐いた。
 
 外からは大獅子の攻撃か、継続的にガンガンと音がする。
 鏡の中は絶対に安全と理解している。それでも内心、本能的な恐怖に支配されながら鏡夜は内側から鏡を割らないように注意しながら立ち上がった。
 意地と虚勢で気持ちを組み立てる。落ち着いた鏡夜は華澄へ連絡をとることにした。
 華澄から借り受けた小型通信機。短波通信で、控え戦力である華澄へ繋がる。華澄は少しだけ慌てた様子で、まくしたてた。
 
「意味が分かりませんの。どうやって侵入したんですの。そもそも、どうして誰も内容を知らない第一階層のボスに外道なまでのシナジーを組んだロボットが作れますの。『カーテンコール』は誰も乗っていなかった。これは、観測機械が導き出した〈真実〉ですわ。何かが不明――」
 
 気持ちはわかる、と鏡夜は沈黙しつつ頷く。正直、想定すらしていなかった。いるとして巨大ロボット、クエスト『???』だと思ったのだ。
 だが、それでも。
 
「まぁ、でも、タネは割れましたよね。あれはクエスチョン『パレード』です」
「―――」
 
 鏡夜の虚勢に、通信機の向こうで華澄が息をのんだ。そして、落ち着いたような、楽しそうなようなリズムで、華澄は言った。
 
「ええ、ええ、そうですわね」
 
 
 視点が変わり、クエスチョン『パレード』。
 四角い鏡の箱とそれを襲う大獅子の様子をうかがっていた『パレード』は周囲を警戒する。
 先ほど強烈な閃光を発した、人型を探すためにセンサーを働かせるが何も感知できない。
 
 レーダーに不感知。機械ではない。生き物、と『パレード』は結論を出す。音もしない――移動していない。先ほどの発光を解析し、地点を割り出そうと計算する。
 すると、再び推定人型生物が発光した。
『パレード』は即座に接近し、発光物を刺そうとして、過度の光に光学迷彩が対応しきれていないことに思い至る。
 先ほどの灰色の男も、己の機体に注目していた。単純な帰結。この光りに照らされている間は、隠れ切れていない。
『パレード』は身体を横に滑らした。彼が先ほどまでいた場所に、大上段から振り下ろされた桃音の蹴りが突き刺さる。
『パレード』は排除対象を変更し、攻撃直後の桃音の首を貫こうとした。しかし、桃音に腕を捕まれ、彼女の貫手で逆に顔面を攻撃される。
『パレード』は破壊されないように、桃音の攻撃に合わせて背後に吹っ飛び、着地。もう一度姿をくらまそうとして。首にガっとナイフを刺しこまれ、横に引かれる。首と胴体を繋ぐ回路が一気に斬られた。
 
 もちろんたった一部分の回路を切られたからと言って壊れてしまうほど〈Q‐z〉のロボットは甘くはない。制御盤も受信機も砕かれていない。逆に、千切れた回路からカウンターの高圧電流が流れる。しかしナイフの持ち主である華澄は感電死することはなかった。
 
「残念でしたね。機械に差し込むんですもの」
 
 グチッ、とナイフをさらに奥深く突き入れる。
 
「絶縁体のナイフくらい、嗜みですのよ」
 
 そしてついにジジジーッと迷彩回路が破綻する。光学迷彩が揺らめくように不調となり、クエスチョン『パレード』の姿が朧げにだが、露になる。華澄の傍に静かに立っていたバレッタは透明から揺れる影へと零落した『パレード』へ問うた。
 
「くすくす、なぜ、なぜ、なぜ――いるのですか? あなたは私が観た、過去どの場面にもいなかった。どこから、ここに来たのですか?」
 
 バレッタは腰から伸びるコードを『パレード』に接続しようとした。
 ハッキングされる、と『パレード』は判断した。それはまずい。対応、対応、対応。クエスチョン『パレ―ド』は頭脳をフル回転させ――演算終了。
 身体全体を回転させることによって回路をより深く犠牲する形で、『パレード』は刺さったナイフから逃れた。
 そのまま身軽に跳ねて遠くへ離れる。
 まだいける。まだ勝てる。まだ時間は稼げる。
 
 クエスチョン『パレード』。
 面の大きさがそれぞれ少し違う五つの八面体で出来ている人型戦闘機械。
 地面についている部分の頂点が極限の鋭さを持っており、地面に刺すことによって音を完全に消すことに成功している。
 光学迷彩で姿を消し去り、無音で忍び寄り、手の部分の尖った部分で人を刺し殺す恐るべき使者――だった。
 
 必殺の暗殺型機械だった『パレード』は、大獅子のところまで退避した。
 
 気づけば鏡の箱がなくなっていた。『パレード』は華澄たちの方を見る。
 
 彼女たちに鏡夜が合流していた。
 大獅子とパレード、相対するように鏡夜一行。一瞬の静寂、一瞬の停止。鏡夜は『パレード』へ人差し指を突きつけて言った。
 
「一つ質問なのですが――私の心臓は奪えますか?」
 
 
 
    ―――【FIRST STAGE】 Question『parade』&Big『Lion』
 
 
             戦 闘 開 始
 
 
 鏡夜の問いへ呼応するように、『パレード』は真正面から、小細工一切なく鏡夜へ向かってきた。光学迷彩は半分故障しているが、それでも陽炎のように不確かな存在。動きは読みづらい。
 かぐやがいるからこそクエスチョン『パレード』はさらに弱くなる、かぐやの光に照らされて『パレード』の影がより鮮明になる。そしてかぐやは駄目押しのようにレーザーで彼を撃ち抜いた。光の線は『パレード』の身体の表面で滑って逸れる。かぐやは不愉快そうに言った。
 
「光の屈折で姿を隠してるから、光も屈折しちゃってるのね。故障してるのにすごいわ……屈折の演算を局所的に割り振ってるのかしら? いい脳みそ積んでるのね!」
 
 かぐやはレーザーの射出をやめて、通常の光で照らすことに集中する。そちらの方が有益な仕事だ。
『パレード』と直に対峙する鏡夜は《鏡現》を即席の空間に固定された盾にする。『パレ―ド』の突きは鏡に当たり弾かれる。しかし『パレード』もさるもので、即座に鏡の盾の横から回り込むように鏡夜を刺そうとする。
 
 鏡夜はヒョイッと突起を避け、さらに《鏡現》の盾を攻撃に合わせる。
 鏡の盾と回避を活かして鏡夜は『パレード』の猛攻をしのぐ。
 大獅子は鏡夜の方ではなく華澄と桃音とバレッタの方へ向かった。言っては悪いが、大獅子はカモだ。強者である桃音と華澄とバレッタが取り組めば、すぐに片付く。
 
 鏡夜の分析は正解だった。大獅子は落ち着いて戦えば新米冒険者でも倒せるようにデザインされていた。
 ただ、無音の暗殺者によって無理難題になり果てていただけなのだ。
 
 光学迷彩によって透明な八面体が頭・身体・右腕・左腕・右足・左足を構成している人間型兵器。柔らかい荒野の土に自重で八面体の鋭角を刺す。沈むように刺さった足は、途中で自然に止まる。腕も同じだ。そう。人体に対しても、生物に対しても、機械に対しても。鏡夜に対しても。
 
 お前を暗殺で刺し殺す。ただ一点を突き詰めたロボット。クエスチョン『パレ―ド』。
 
 その殺意を刺す刺す刺す刺す。
 数多の《鏡現》が『パレード』の、その凶器を防ぐ。鏡夜は鏡の後ろからステップターンして、回り込むように蹴りをいれるが、『パレード』はまるで武術家のように流していなし、返すように刺す。
 鏡夜は回避・防御しつつ、恐ろしく思う。本当に強い。まるで最初から鏡夜の性能や異能を把握しているようだ。
 こんな高性能の殺人機械が、姿を隠し、大獅子と連携していたのだ。勝てないのも道理だろう。
 
 しかし、残念かな。『パレ―ド』は死に体であり、見えている弱点へつけこまないほど鏡夜は甘くはない。
 鏡夜は『パレ―ド』の足元に小さな《鏡現》を空間に固定するように作り出す。『パレード』は足をつっかけて身体を傾けた。
 鏡夜は《鏡現》のナイフを手の中に作り出す。
 先ほどの華澄の首への斬り込みは、しっかり大ダメージになっているのだ。
 
(【首】が弱点になってる。つまり―――)
 
 鏡夜は全力で『パレ―ド』の首を鏡のナイフで真横に切り裂いた。極限まで鋭い刃によって『パレード』の頭が音もなく千切れた。後ろに飛んだ頭がおちる。
 そしてパレードは頭とは逆方向、つまり前のめりに倒れた。
「私の鏡の方が鋭いようですね?」
 同時に大獅子は鏡夜以外のパーティメンバーによって跡形も残らないほど鎮圧されたのだった。
 
 
 
 
――――【FIRST STAGE】 Question『parade』& Big Lion――――
 
 
                  Clear!
 
 《またお前か。間に合わせとはいえ一月は持つと思ってたんだがな》
 
 完全に破壊されたはずの『パレード』頭部から声がした。歪な音声。男か女かもわからない意図的に杜撰にされたボイスチェンジャー。
 その声は鏡夜に向かって言った。
 
 《誰も追いつけないほどに走ったところで、誰もお前を褒めてくれない。少しくらいは、歩みを緩めてもいいんじゃないか?》
「『パレード』?」
 《残念。〈Q‐z〉首領 キー・エクスクルだよ》
 
 鏡夜はものすごく嫌そうな顔をしながら『パレード』の吹き飛んだ頭部を見る。〈決着〉の前に立ち塞がる最大の障害、その親玉だ。好意を感じる方がおかしい。
 鏡夜は舐められないように……それ以上に決意を込めて言った。
 
「……妨害なんて無意味ですよ、きっと。私が踏破しますから」
 《ははは。いいさいいさ、どんどん挑戦するがいい。希望の火を絶やすことを、俺は目的にしていないからな》
「……?」
 
 言ってる言葉が要領を得ない。会話が成り立ってる――のだろう。おそらく深い意味をこめてキー・エクスクルは喋っている。しかし鏡夜には当の深い意味がまるで理解できなかった。人間性の欠片すらつかめない。本人がいれば紅眼を通して弱点を見通せるのだが。
 煙に巻かれているような気分だ。……どうであろうと、鏡夜のスタンスは変わらないのだけれど。
 
「私は必ず、〈決着〉へたどり着きます。残念ながら、歩みを緩める予定はありませんね」
 《“愛が大きければ心配も大きく、いささかなことも気にかかり、少しの心配が大きくなるところ、大きな愛もそこに生ずるというものだ”》
「は?」
 《お前は止まるよ。確実に――それだけ言いたかった。なに、勝ち誇るための予告だ。流せよ!》
 
 そう大きな声でエクスクルは言って、『パレード』の頭部は爆散した。破片から《鏡現》で自分を守りつつ、鏡夜は呟いた。
「ろくでもない……ですねぇ」
 
 

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